忘却曲線に則った反復学習による暗記(フラッシュカード)アプリ「Anki」が人気沸騰中である。USMLE(アメリカ医師国家試験)対策で必須として紹介されることから私も自身の勉強法に導入したが、最近では日本の医学生も多く利用している。
ただし、名とは異にする外国製であり、使い方や活用のノウハウについて、英語のリソースは数多く存在するものの、日本語の解説がまだまだ少ない。
私はUSMLEを受けるために、既成デッキ(いわば既成のフラッシュカード集)を利用しており、1日に500~800枚程度の復習、合計2万枚程度のカードを覚える必要があり、加えて問題演習の時間確保のため、いかにAnkiを効率化するかという観点で、試行錯誤を進めてきた。
そこで、私がこれまでに蓄積してきたAnkiのノウハウを共有させて頂く。
はじめに
大前提ではあるが、必ずしもAnkiはスピードを上げて量をこなせば良いという訳ではない。時には未定着のものをしっかり時間かけて理解したり、自身が覚えやすい形に知識を再構築する時間も重要である。
本記事では、あくまでAnkiを数多くこなすために「スピードを上げる」という目的だけに限って記載しているので、利用の目的やカードの使い方に応じて、適宜取捨選択頂きたい。
基本戦略
Ankiのアルゴリズムをきちんと理解しておく必要がある。それについては、別途記事を書く予定である。
①学習初期段階のカード反復数をとにかく減らす
基本的に、学習の初期段階(学習および復習(未熟))は反復数が多く、その日のノルマの大半をそれらのカードが占める。
デフォルトの設定で、もしGoodを押し続けたら、ある1枚の新規カードをだいたい10分後、1日後、3日後、7日後、15日後、1ヶ月後、2ヶ月後、4ヶ月後、・・・に復習することになる。(正確には確認中…)
もし1枚のカードの復習に1分かけるとしたら、1枚の新規カードを習熟するまでに消費する時間は、最初の1ヶ月は5分、翌月は1分、その翌月は0.5分、・・・となる。
つまり、初期段階のカードが時間浪費の主因であり、初期段階のカードの反復をいかに減らすか、すなわち、本当に反復が必要なカードとそうでないカードの選別をいかに早い段階で行うかが重要である。
最初からEasyボタンを押して初期学習を飛ばすことになんとなく抵抗を感じるが、本事実を意識していないといつの間にか大量に時間を奪われていることになる。
②「忘却」ボタンを積極的に使う
Ankiのデフォルトの設定は、あろう事か、忘却ボタンを押すことへの抵抗感を生じさせている。
忘却ボタンを押すと、10分後に復習し再度1日間隔からのやり直しとなってしまう。そのため、忘却ボタンをなるべく避けて、Hard(難しい)ボタンで耐え忍ぼうとしてしまう。しかし、Hardボタンでは前回の復習間隔より短くはならないため、永遠にそのカードが定着せず、その後もHardボタンを押し続け、必要以上に反復してしまっている事象に陥る。
忘れたカードは、正直に忘却ボタンを押して復習間隔の短縮することが、確実な暗記には必要であり、さらには自身の習熟状況をより正確にAnkiの統計データに反映することができる。
したがって、逆説的ではあるが、忘却ボタンを気軽に押せる設定にし多用することが、長期的には反復数の削減に繋がると考えている。
③集中していない時間をいかに減らすか
Ankiのような短調作業をやっていると、ふと意識が別のところにあることに気が付く。特に英語の問題、眠いときはなおさら、ひどい進捗具合であった。時に、1時間かけて10枚のカードしか進んでいないということもざらにあった。このような状態は、多くの人が経験するであろう。
また、Ankiはパソコンやタブレットを利用するため、誘惑が多い。ボタン1つでゲームやYoutube、SNS、LINEなど、他のアプリを開けてしまう。
そこで、いかにAnkiへの集中度合いを高めるかというのが、試行錯誤が必要な重要な観点である。
以上の戦略を踏まえて、私が試してきたAnkiスピードを上げる方法を以下に紹介していく。
⓪基本の使い方
まず全体に関わる設定項目として、以下をやっておきたい。
・新規カードと復習カードを分けて学習する(Anki設定 – スケジュールを変更)
新規カードと復習カードの学習順序は、「復習カードの後に新規カードを学習する」にしている。
出題されたカードが、新出か既出かどうかで頭の使い方が異なるため、両者を混ぜて学習すると思考の切り替えに時間をロスしてしまう。また、新規カード・復習カードを分けて学習することで、以降のメソッドも生きてくるため大前提としてこの設定を推奨する。
・復習ノルマは全てその日のうちにやり遂げる
復習はその日のうちにやり遂げるべき。ちょっとでも貯めるとサボった日数以上の精神的負担を翌日以降に残してしまうことになる。そのために、1日あたりの復習カードの出題枚数(デッキオプション – 復習)はマックスの9999枚にしておく。
どうしても休みを作りたいというときは、free weekendという素晴らしいアドオンが用意されている。
・復習間隔の上限を試験の総復習期間に合わせて設定する
復習間隔の上限が設定されていないと、最終的に数年といったスパンで復習間隔が設定されてしまう。私は、試験前の総復習期間に全カードを一通り見返すために、復習間隔の上限(デッキオプション – 復習)を、その期間の長さに設定し、総復習期間の開始時に、再度設定を無期限にするようにした。これにより総復習期間に全カードの見直しと大事なカードの最終選別を行うことができ、重要事項も漏れを防いだ。
①学習初期段階のカード反復数を減らす
・簡単と回答してから復習開始までの間隔をなるべく長くする
・初見で正解できたカードはできる限り飛ばす
新規カードの設定(デッキオプション – 新規カード)において、簡単と解答してから復習開始までの間隔を、デフォルトの「4日」から「7日」に変更した。また、初見で正解できたものは、全て「簡単ボタン」を押し、初期の反復プロセスを飛ばすようにした。
上述の通り、なるべく初期の段階での反復プロセスを削減することが、一番の時間短縮に繋がる。そこで、初見で正解できたものを反復する必要はない。既出の関連カードとなるべく被らない日程でなるべく長い間隔にするべきである。
・関連カードの復習を翌日に延期しない
新規カードの設定(デッキオプション – 新規カード)において、「関連する新規カードを翌日まで延期する」という選択項目がある。一般的には、連想しないように関連カードは延期したほうが良いと思われるが、私は関連付けて覚えることも暗記の成功と捉え、なるべく初期段階のカードを減らす目的でも延期せずに関連付けて覚えてしまったカードも初期反復プロセスを飛ばすことにした。
例えば、「Aの原因はBである」という事実を覚えたいときに、Aだけを伏せたカード、Bだけを伏せた暗記カードが関連カードとなるが、前者を覚えていれば後者は勝手に頭に入っているという前提の考えである。
・順に1つのデッキに集中して取り組む
既存デッキの利用において、複数のデッキに階層化されていることがあるが、デッキを並列に進めるのでなく、デッキを1つずつ完了させていくことをお勧めする。
これは、デッキの新規学習を完了し、復習数が斬減していく達成感をなるべく早く感じるようにしたほうが良いことと、上述の通り、類似のカードを一緒に学習することで、不要な初期の反復プロセスを省くこと、が目的である。
・新規カードをMax表示
新規カードの設定において、「1日あたりの新規カード出題枚数の上限」をマックスの9999枚とした。これによりデッキの進捗具合を実感できるとともに、新規学習の終了予定時期をぱっと見てイメージできるようになるため、モチベーションの向上に繋がった。
・カードの正答率をみて、復習間隔を微調整する
復習カードの設定(デッキオプション – 復習)の設定において、「復習ベースの調整」をデフォルトの「100%」から「130%」に変更した。この値は全ての復習間隔に対して、その間隔を同率に調整するパラメーターである。(正確には、別記事に記載予定。)
では復習間隔が適切かどうかは、どのように判断すれば良いか。それは参考となる計算式がAnki manualに掲載されている。
習熟カードの記憶保持率(正答率)を一般的なユーザーであれば、90%にすることがAnki manualで推奨されている。そこで、自身で統計データを参照し、現時点での習熟カードの記憶保持率を以下の計算式に当てはめることで、必要な値が算出される。
Interval Modifier(復習ベースの調整) = log(desired retention%) / log(current retention%)
例えば、95%などと高い正答率であれば不必要に反復学習をしすぎている可能性があり、復習ベースの調整率は、log(90%)/log(95%)= 205% すなわち約2倍の学習間隔に延ばして良いことがわかる。
・暗記カードを少しずつ集約する
ZankiなどのUSMLE用既成デッキでは、不必要にカードが細分化され過ぎているものがある。
例えば「Aの症状は、B、C、Dである」という暗記事項において、A, B, C, Dをそれぞれ独立に伏せたカードが出題されるが、その状態だと、Aでなく、BやCをもとにDを類推してしまうといった状況が起きてしまう。そのようなカードはフラグをつけておき、後でまとめて集約するという手段をとった。
また、隠す範囲についても同様で、隠した部分の前置詞や後続詞などをヒントに答えを類推してしまっている状態になっていることがあり、その場合、隠す部分を広げるなどの微修正が必要である。優れた既成デッキといえども自身のankiに適した形に作り直していく手間は少なからず必要である。
②忘却ボタンを多用する
・忘却時の新しい復習間隔を伸ばす
・忘却時の学習ステップ(分)を伸ばす
新しい復習間隔(前回比)(デッキオプションー忘却)がデフォルトで0%になっているところ50%とした。また、学習ステップ(デッキオプションー忘却)が10分となっているところを、60分に設定した。
先述の通り、何回も復習したカードを1度思い出せなかっただけで、再度1日間隔の反復を繰り返すのはナンセンスである。また、カードを大量に選別していく上で、忘却を気軽に押せる状態にするべきである。そこで、忘却を押しても学習間隔が半分に留まるように50%とした。
・無駄 カードと判定する忘却回数を伸ばす
・無駄カードへの処置をタグ付けにする
デッキオプション – 忘却の設定において、無駄(定着困難)カードと判定する忘却回数を伸ばし、カードを保留せずタグづけするように変更した。これも上と同様、忘却をたくさん押す分、すぐに定着困難と判断されある意味重要とも言えるカードを見逃してしまうことを防ぐ意図がある。
③集中していない時間を減らす
・ポモドーロテクニックの利用
・集中力を高めるアプリ「集中」の利用
知らない方はご自身でぜひ調べて頂きたいが、ポモドーロテクニックとは、30分などの短いチャンクごとに集中・散漫を繰り返していくことで集中度の高い状態を出そうという手法である。私はポモドーロテクニックを実装したアプリ「集中」を利用し、25分単位のAnkiタイムを数セット繰り返すことで、課題への集中度を高めるように工夫した。
またポモドーロの進行中はとにかく余計なノイズをカットするようにしなければならない。PCであれば要らないアプリのシャットダウン、スマホであれば通知をオフにするなどが考えられる。
・学習ステップの間隔を伸ばす(デッキオプション – 新規カード)
1ポモドーロ25分の単位を生かすために、新規カードの学習ステップを10分→15分に変更した。これにより新規学習時も、1ポモドーロ中に、最初の10分で復習を行い、残りの15分でできる限りの新規カードを覚え休憩するというサイクルを作った。
・スピードを上げるためのアドオンの利用
ankiのスピードをあげるための有用なアドオンを数多く存在する。
まず「Speed Focus Mode auto-alert auto-reveal auto-fail」と「Life Drain」はセットで入れることをお勧めする。前者のアドオンでは、特定の時間経過したカードは自動的にカードの答えを表示したり、次に進める設定ができる。私は30秒で答えが表示される設定とした。
後者のアドオンでは、時間経過をライフとして画面上部にバーとして表示することができる。私は本来の使い方から少し変えて、30秒でライフが消失し、次のカードに進めば全回復するように設定した。これにより30秒の制限時間をankiを解きながらも視野周辺部で認識できるようにした。
また、カードオプションにjavascriptを記載すれば、ankiの画面全体に、残りの秒数を表示することも可能である(実装方法はこちら)。ただし私は気が散って逆に集中できなくなったので削除した。
また細かいところであるが、「Customize keyboard shortcuts」というアドオンを利用し、「やり直し」「簡単」「普通」「難しい」の選択をキーボードで簡単にできるようにした。ただ、新規学習と復習でボタンの数やデフォルトの位置が異なるため、意外と設定が難しい。
あくまで私が利用しているMacbook Proキーボードで上手くいった例であるが、
「やり直し:”←”」「難しい:”]”」「普通:”→”」「簡単:”[”」
と設定した。
これにより、3つボタンがある新規学習時は、「←、Enter、→」で選択でき、4つボタンがある復習時は「←、]、Enter、[」で操作するという使い分けができ、操作が容易かつ間違いが起こりにくくなった。これらの意図については配置をみないと理解しづらい部分があるため、キーボードを見て確認してみてほしい。
その他有用だったAnkiアドオン
スピードを上げる目的ではないが、私が活用しているアドオンをついでに一覧で紹介しておく。
・Speed Focus Mode auto-alert auto-reveal auto-fail
・Life Drain
・Custumize keyboard shortcuts
・Progress Graphs and Stats for learned and Matured cards
・Review Heatmap
・More Overview Stats 21
・reMemorize Rescheduler with sibling and logging
・Custom Background Image and Gear Icon
・AwesomeTTS Google Cloud Text-to-Speech unofficial
・Anki Simulator